管理人について

どうも、若葉といいます!

ブログを見に来てくれて、またプロフィールを開いてくださりありがとうございます♪

ここでは、私の自己紹介を行いたいと思います!

■住まいの地域

ちょっと田舎でちょっと都会、広島市

住んでみると意外と交通の便が悪くないことに気づいたので、ここを安住の地としたい

■出身地

大和のふるさと、

まだまだ田舎のヤ○ザ蔓延る街。過去に路上でアタッシュケース一杯の万札を上納している現場を目撃したことがあります…

■趣味

ゲームとバイク!愛車はホーネット250(最近はめっきり見ませんよね…残念)

たまーにシーズンスポーツを趣味の範囲内で楽しんだりもするけど、基本運動音痴笑

■仕事

縁あって建設業界の事務方

■家族構成

4人兄妹の長男

小さいころは遊び相手に困ったことはなかったですね

■保有資格

・運転免許(MT普通自動車、MT普通二輪)

・建設業経理士検定2級

・メンタルヘルスマネジメント検定ラインコース

・英語検定2級

・TOEIC700点

・ITパスポート

・ビジネス実務法務検定3級

・ビジネスキャリア検定-総務-3級

・乙種第4類

知識のインプットとアウトプットに快感を覚える性質です笑

■ブログ運営の目的

最終的な目標地点は3つ

1.副収入

2.生物の面白さを紹介

3.社会に疲れた人の手助け

■ブログ運営の背景

社会人2年目として建設業界の事務方で頑張っていますが、最低賃金の改定の度に従業員の賃金が適法内かどうかを悩むほどに賃金が低いので、将来に危機感を持ったのがきっかけです。

固定残業約60時間というおおよそ一般常識からかけ離れた無茶苦茶な固定残業の上にかろうじて成り立っている生活から抜け出すべく、アクションに移しました。

その折、副業としてハイロー、FX、仮想通貨、ハンドメイド、古本売りなどいろいろ考えましたが、結果としてブログ運営に辿り付きました。

この背景には

・大学で生物を専攻していたものの、それを活かす機会がありません。せっかく手に入れた知識を腐らせるのは勿体ないし、何より

物学ってめちゃめちゃ面白

んで、是非この世界を知ってほしいと思いました

・自分と同じような境遇(賃金以外にも)の方がきっと社会にはいるはずです。中には知識不足から上司や会社にいいように丸め込まれている人もいるはず!そんないい加減な人に騙されないように私がビジネス上で得た知識を紹介して、盾にしてもらったらと思いました

という2点があります。

これらを皆に知ってもらうにはブログしかないだろう!と思って、ブログ運営にこぎつけました。

■主義、主張

人は考える葦である」をモットーに日々を生きています。

ですから、私のブログに書いてあることも鵜呑みにせずに、あくまで検索する際の「手がかり」として使っていただけたらなって思っています。

「考える力」ってとっても大事でこの不安定な情勢の中、ただ流されるだけではきっと幸せをつかむことなんてできないと思います。

自分が何がしたくて、それをするためには今何をすべきで、それはいつまでに達成すればいいのか…自分の将来設計図を思い描けたらきっと強く、たくましく生きていけるんじゃないかなって笑

■生物好きの背景と経歴

三大儲かる職業の〈医者・弁護士・裁判官〉で「将来は楽して生きていきたい」と、社会の厳しさを知らない小学生の頃にお医者様の息子が転校してきたのが全ての始まりです。

上述した通り、小学3年生までは〈医者・弁護士・裁判官〉が将来の夢でした。

まあ子供というものは純真無垢なもので、親に言われたからという理由で将来の夢を決めていました。

しかし、小学3年生の夏休み明けにとんでもない化け物に出会うことで人生が急変します。

(ここではイニシャルだけ取って、Nとします)

このNという人物、まさしく正真正銘の化け物でした。

並外れた運動神経

小柄な体格に見合わぬ筋力

1を知れば10がわかる洞察力

比類なき知力

自画自賛で恥ずかしいのだが、当時は運動神経と知力という総合で私の右に出る者はいませんでした。

テストをすれば絶対に上位3には入るし、運動をやらせれば(球技を除き)、これまたどの種目でも上位3には入りました。

だが、Nはことごとく1位を取るのだ。しかも、涼しい顔をして!!

自分自身、もともと負けず嫌いな性格だったためかいろいろつっかかって勝負を挑みましたが、惨敗

それも負け方がえぐいのってなんのって。

詳細は私のプライドのために伏せますが、テストで泣かされた経験は後にも先にもNだけでしょう笑

と、Nに出会って私のプライドはずたずたにされたですが、このときに初めて他者に対して畏敬の念を抱くようになります。

と、同時期に何かとつっかかったせいか友達になります。Nは基本的に一匹狼のタイプだったので、接点などないはずなんですけど、妙な対抗意識のおかげで交友関係が結べたわけですね。

友達となると家にも遊びに行くわけで…

そのときに彼が近くの病院の息子であることを知る。うん、道理でくっそえらかったわけだよ、ほんとに!!

その後、交友関係を深めてNに対して尊敬の念が膨らんでいく内に、私の胸の内に火が灯りました

「Nの隣に立ちたい」「Nに認められたい」

と。

Nは医者の息子だったので、当然ながらNも医者を志望していました。

故に「Nの隣に立つなら私も医者にならなければ!」と一念発起し、初めて自分の意思で医者という職業を夢見ることになります。

医者になりたいと思ってからは行動は早かったです。

Nの家から医療関係の本を借りたり、親に無理言って本を買ってもらったり、学校にいるときは専門書の多い保健室に入り浸ったりしました。

ここで、“ヒト”という一番身近なコスモ(小宇宙)に憑りつかれます。

また、このときに初めて身の内に眠る知的好奇心という獣を飼いならす方法も覚えました。

他には(Nから教えてもらった)、時間の有効活用術も覚えました。

と、Nに憧れる日々を送っていたが、それも終わりを告げます。

中学受験です。

やはりというか当然というか、Nは私立難関中学に合格し、私とは異なる道を歩みだしました。

私と言えば義務教育で行かされる公立の中学です。天と地の差…。はぁ…。

まあ、ここで突如として、私の人生からNが消えることになるのです。

今振り返って思うと、大変失礼ながらNは私にとって、宿敵であり、親友であり、恩師だったように思えます。

彼から学んだことは今もなお自分の中で生(活)き続けています。

さて、中学生といったら最早12-3歳。

もう自立していい歳であり、分別がきく年齢です。

中学生になってもあいも変わらずヒトに魅了されていましたが、本格的に生物の勉強が始まったこと、また生物部に所属したことから嗜好はヒトから生物全般へといたるのでした。

また、年をくったことで自ずと自分の限界も測れるようになりました。

つまり、自分は医者の器ではないことを悟ったのです。敢えて自己弁護するならば殊生物の偏差値だけであれば医者も夢ではありません(高3のときは生物で東京理Ⅲも狙えるレベルだった)。

ですが、国立医大は主5教科の勝負です。生物以外で偏差値が医大を狙える科目はなく、医者になれないことは明白でした。

あまりにも理想と現実のギャップが酷くて悲しいという感情より虚しさの方を先に感じた記憶があります。

だが、上述した通りこの時の自分はヒトに加えて生物全般に対して興味があったため、研究者や科学者の道を代案として考えるようになっていました。

ちなみに中学生時代は特筆すべきものもなく、せいぜいが生物部部長に就任したことが大きなトピックでしょうか。

高校生になると受験に向けてお勉強戦争がヒートアップします。

一口に生物と言ってもその単元は多く、深い知識まで求められるようになるのでした。

その中で遺伝学という全ての生物の根幹を成す学問に興味を惹かれるようになります。

ままよと思い、自己推薦に遺伝学をテーマにした小論文を執筆。

これがなんと通ってしまい、面接を受けれることに笑

これには先生達も本腰を入れねばと生物の先生を専属につけてもらい、放課後は毎日みっちりと面接対策をすることにしたのでした。

そのお陰か面接も受かって、無事地元の国立大学へと入学。

大学でさらに専門的に学ぶうちに次は細菌の遺伝子伝播と薬剤耐性というテーマに関心が向き始めます

とは言っても学内にそれを専攻する人や施設が存在しえないため、専門的にかかわることは断念することに

代わりに卒細菌の遺伝子伝播を用いた遺伝子輸送というテーマで卒論を執筆して大学を終えました

ここから医学科大学院に進むのですが、あまりいい思い出はないので割愛…

というのが、私の生物好きの背景と経歴です。

きっかけはやっぱりNとの出会いだったように感じれます。

彼がいなかったら全く別の道を歩んでいたでしょう。

さて、ここまで自己紹介を読んでいただき、ありがとうございました。

世知辛い世の中ですが、皆さんと一緒に頑張っていけたらと思います。

それでは、当ブログをお楽しみくださいませ。

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